すみやかな核兵器の廃絶を

被災 53年 3・1ビキニデー集会

 アメリカの水爆実験により、第五福竜丸がマーシャル諸島のビキニ環礁で被爆してから、53年目を迎えた3月1日、第五福竜丸の母港である焼津でビキニデーが開催されました。
 焼津駅前から「核兵器廃絶」を呼びかけながら、久保山さんの墓がある弘徳院までの墓参行進には、国内外から1500人が参加しました。全法務からも地元静岡支部をはじめ本部・中部地本・東京・横浜・名古屋・福井支部などから30名が参加しました。
 全体集会では、原水禁世界大会実行委員の沢田昭二さんが「ビキニデー事件をきっかけにおきた原水爆禁止運動は、世界的な核兵器廃絶運動の潮流をつくった。この集会を起点として、草の根からさらに世論を高めよう」と主催者報告を行いました。
 第5福竜丸の元漁労長、見崎吉男さんからは被災の時の実際の体験が語られ、「日本が平和国家として存在感を示し、核兵器を廃絶していかなければいけない」と訴えました。福竜丸を題材に絵本を造ったアーサー・ビナードさんは壇上で、「核兵器廃絶の運動は人類にとって必要なものだ」と発言しました。
 また、アメリカ、フィリピン、中国の海外代表者から、「皆さんのねばり強い取り組みに感銘を受けている、すみやかな核兵器廃絶を共にめざそう」と発言があり、韓国代表は「憲法9条があるから日本は徴兵制がない、これはとても素晴らしいことでうらやましい」と発言しました。国内からも被爆者、宗教者、地方での取り組みなどのリレートークがおこなわれました。
 国連では、昨年12月の総会で、核保有国も同意した核兵器廃絶の「明確な約束」の実行を求める決議が157カ国の賛成で採択されるなど、多数の世論が「核も戦争もない世界」を求めていることは明らかとなっています。
 水爆実験の犠牲となった久保山愛吉さんの「原爆の犠牲者はわたしを最後に」の遺言と妻すずさんの「被爆者とその遺族が生きているうちに、一発残さず核兵器をなくしてください」という言葉をあらためて胸に刻み、核廃絶の取り組みを広げていきましょう。

【本部 山中記】

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焼津市内をデモ行進し、核兵器廃絶をアピール
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3.1ビキニデー参加の全法務の仲間